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提案は思い付きで 1

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-08-09 20:56:32

「ほら、しっかり歩け。ついさっき、俺を襲撃してきた勢いはどうした?」

「そんなものはとっくに、どこか遠くへ飛んでいきました……」

 強引に連れてこられた場所は、神楽《かぐら》グループのビルの最上階だった。一般人が入れないようなしっかりとしたセキュリティ、それを解除して彼はどんどん奥へと進んでいく。

 【社長室】と書かれた部屋の隣、彼はそこのドアを開けると私に中に入るように言った。

「あの、私はどうしてここに連れてこられたんでしょうか」

「さっきまでと別人のようだな。そんなにショックだったか? あの程度の男に裏切られたことが」

 ハッキリとそう言われて、傷口を抉られてるような気分になる。神楽 朝陽《あさひ》にとっては【あの程度の男】なのかもしれないが、私にとって守里《もりさと》 流《ながれ》は結婚を考えるほど好きだった男性なわけで。

 ショックを受けるなという方が無理があるのではないかと思う。それなのに……

「そんなしょぼくれたような顔ばかりするな、この部屋まで辛気臭くなる」

「だったら連れて来なければ良かったじゃないですか、自分が引っ張って来ておいて私に文句言わないで」

 落ち込んでることに変わりはないが、こうも言いたい放題言われていてムカつかないわけがない。泣きっ面に蜂の状態なのに、そんな私の傷口に塩を塗りたくるような神楽 朝陽の言動にも腹が立ってくる。

 それなのに徐々に言い返すようになってきた私を見て、彼はなぜか楽しそうに笑い始めるではないか。

「何がそんなにおかしいんです? 貴方も馬鹿にしたいんですか、彼に裏切られ簡単に騙されてた私を!」

「卑屈だな、誰もそんなことは言ってないだろ?」

 そう言われても、こっちだって心の余裕がないのだ。信じられない事が立て続けに起こってしまったのだから、卑屈にもなりたくなるでしょう?

 だけど神楽 朝陽は、そんなことはお構いなしとばかりに強引に私の顔にハンカチを押し付けてきた。

「なんですか、これ?」

「……見苦しいから、さっさと使え」

 そう言われて、私は自分が涙を零していることに気付いた。さっきの場所で、しかも流《ながれ》の前では泣きたくなくて必死で堪えてたけれど……どうやらそれも限界を迎えていたらしく。

 気が付いて涙を止めようとするけれど、それどころかどんどん溢れて。あっという間に先ほど渡されたハンカチがぐしょぐしょになってしまう。

 それに気付いたこの人が、今度はティッシュ箱をほいと渡してくれて。

「思ってたよりも手のかかる女だな、まあ仕方ない」

「うえっ……ひぐっ、ひっ……ぅうっ……」

 こんな状態では何が仕方ないのか分からないし、どうして彼が私の頭を慰めるように撫でてくれているのかも全く理解出来ない。

 だけどその神楽 朝陽の気まぐれに甘えて、気が済むまで思い切り涙を流してしまっていた。

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